2007年6月某日...その1

夜、電話が鳴る。出てみると知らない男からである。私は、「間違っています。」と告げる。しかし、相手は構わず用件を述べてくる。どうやら待ち合わせの場所を説明しているらしい。やけに慌てた感じである。返事がないことに気付き話が止まる。その隙をついて間違っていることを再度告げるが、「じゃ明日。」と電話は切れた。どうしたものかと考える。電話をかけ直し約束が伝わっていないことを知らせるべきか? しかし、あの調子と自分の語学力を考え諦める。後味が悪い。改めて着信番号を確認すると、非通知の表示になっていた。ホッとしながらも、少し落ち着かない気持ちで寝る。

翌日、ぶらぶらと街を歩いていると電話が鳴る。もしやと思い着信を見ると非通知である。出てみると、友人からだった。友人は約束の時間を遅らせて欲しいと言っている。約束??慌てて予定表を見ると、今日の日付の欄に場所と時間が書きこまれている。そして横に小さくDVDと書かれていた。急に記憶が蘇る。DVDを取りに家に戻り、約束の喫茶店に向かう。

危うく約束をすっぽかすところであった。冷や汗をかきながらコーヒーを飲む。約束の時間になったが、友人は来ない。いつものことだ。しばらくして電話が鳴る。遅れるのだなと電話に出ると、昨日の男である。男は相変わらずの勢いで話し始める。少し不機嫌そうである。今日はその話を遮り出来るだけ丁寧に「間違っています。」と伝える。しばしの沈黙がある。「誰?」。思わず反応し名前を言う。すると今度は「何故?」である。ゆっくりとこれは私の電話である旨を伝えると、無言のまま電話は切られた。

慌てた調子で友人がやってくる。連絡出来なかったのは、電話の充電が切れたからだと言っている。今起きたことを友人に説明しようとすると、友人は電話を貸してくれと言う。明日の予定を確認したいとのことだった。友人は電話の相手に矢継ぎ早に話をし、しばらくの沈黙の後、「じゃ明日。」と言って電話を切る。

2007年5月某日...その4

目の前は断崖である。そこに私はタキシードを着て立っている。足下から、一本のロープが伸びている。その先は崖下に繋がり、海面から首だけ出した人々が興味深そうにこちらを見ているのが見える。このロープを伝って下りろということか? 分からぬまま振り返ろうとした瞬間、後ろから押され空中に放り出される。かろうじて右手でロープをつかみ転落を免れた。

目が覚める。脱いだ上着をしっかり握り締めた状態で硬直している。ハッと我にかえる。昨夜サーカスをやっている友人の話を聞いたせいだろうか? いやな汗をかいている。時計を見ると稽古に行く時間が迫っている。着替えをすませ稽古場に向かう。着くと、部屋の角に見知らぬ男が座っている。正装をし、真っ直ぐ前を向いている。見学をするということだったが、気付くと稽古に参加している。

二人組で行う稽古が始まり、しばらくすると男が相手の女ともめている。どうやら、着ている背広が邪魔で動けないらしい。突然女の奇声があがる。見ると男が刃物の様なものを持ち出している。慌てて皆で止めに入る。私もその群の中に交じる。何とか刃物を取り上げることが出来た。私はベッドの上でスチールを握った状態のまま硬直している。

再び我にかえる。時計を見ると稽古へ行く時間が迫っている。慌てて着替えをし、稽古場に向かう。着くと、見知らぬ女が友人たちと話をしている。軽く会釈すると、わたしの分かる言葉で「見学させてもらいます」と言う。私は硬直したまま、頷く。

2007年5月某日...その3

映画館に行く。観たい映画があったのだ。地図を片手に映画館を探す。見つからない。辺りは、扉がぴたりと閉まった建物が並ぶだけだ。地図と住所を見てしばし途方にくれる。脇を買い物カートを押した老夫婦が通る。住所を示し、道を尋ねる。二人は顔を見合わせ笑いだす。そして、ついて来いと言うと、さっさと歩き出した。

二人の後ろをついて歩く。道すがら矢継ぎ早に質問される。「日本?」「映画をよく観るのか?」「この監督が好きか?」私はひたすら「はい。」と答える。気付くと小走りをしている。到底老人の歩くスピードではない。いくつかの路地を抜け、古びた映画館につく。軽く汗をかいている。どうやら、住所が間違っていたらしい。二人と握手をして別れ、映画館に入る。

小窓のついた小さな部屋があり、そこで切符を買う。思っているよりだいぶん安い。中に入ると、一組の男女と寝ている男がいるだけだった。小さな映画館である。映画が始まる。字幕付きなのだが、字幕の早さについていけない。途中であきらめ、画を追い監督の世界に浸る。むしろ状況が事細かに理解できる。ハッピーエンドではないが、満ち足りた気持ちになり映画館を出る。異国にいるのに、映画を通して旅をしたいとはどういう心境だろう。

後ろから呼び止められる。振り返ると、切符売場の部屋の中に先ほどの夫婦が笑いながら座っている。二人でいるには狭そうに感じた。彼らは「良かったか?」と聞く。私は良かったことを伝え、また来ますと言った。二人は顔を見合わせ、どことなく寂しい感じで笑った。

2007年5月某日...その2

決戦の日である。数日前から大家のマダムが街中大騒ぎになるよと言っていた。そんな中、外に出る。近くの美術館で友人が作品を発表するので、それを見せてもらうのだ。美術館の裏口から入り、警備員に付き添われ展示する部屋に入る。

友人は壁に向かって黙々と作業をしていた。彼の友人たちが、彼のつくったオブジェを慎重に組上げている。美術館は通常通り営業をしていて、その作業横を多くの来館者が通り過ぎる。多くの人がその作業に興味を抱き、立ち止まる。本来であれば、部屋にいる警備員が彼らを誘導するはずなのだが、友人の作品が気に入ったらしく、質問ばかりして自分の仕事に戻らない。結局その仕事は私たちの仕事となっている。予定があったので、そこそこに美術館を離れることにする。友人が、出口まで見送ってくれ照れ臭そうにお礼を言う。その態度はとても共感出来る気がした。

幾つかの用を済まし、街を歩く。未だ、街は静かである。しかし、その裏でいくつもの思いが交錯していることを考えると、いつ爆発が起きてもおかしくはない。カフェに入る。まばらなお客である。いつもの休日と変わらない。TVで決戦の様子を伝えている。私はぼんやりと、とりとめのないことを考える。政治、芸術、移民問題…。行き先の分からないもやもやしたものを捕まえようと必死になる。

瞬間、奇声があがる。決戦の結果がでた。いつの間にかカフェは人で一杯になっている。TVは街の喧噪を映し出す。歓喜しているもの、落胆しているもの。しかし、私の目の前の人々は落胆とも喜びとも計り知れぬ顔で画面を見ている。家に帰るとマダムも先ほど見た人々と同じ顔をしてTVを見ている。TVの中の街は大騒ぎだ。部屋に入って、街を眺める。街は依然静かである。いつもと変わらない。そして、友人はまだ壁に向かって作業をしているだろう。